日本における設備診断技術の系譜 ── 北九州市・八幡から始まったCDT | TRIPOD






設備診断技術(CDT)の歴史 ── 北九州・八幡から世界へ | TRIPOD


本稿のテーマは、日本における設備診断技術(CDT)の歴史です。その起源には諸説ありますが、日本で本格的な設備診断技術が立ち上がったのは、1970年代の八幡製鐵所(北九州市)であったというのが史実です。欧米と日本それぞれの成り立ちをたどりながら、この技術が北九州・八幡の地から世界に先駆けて生まれ、現在の保全技術へと発展してきた経緯を整理します。

1. 設備診断技術(CDT)とは

設備診断技術(CDT:Condition Diagnostic Technology)とは、「設備の現在の状態を同定し、その将来を予測する技術」です。設備を止めず、分解もせずに、劣化や故障の兆候を定量的にとらえます。

一定周期で修理する方式を時間基準保全(TBM)と呼びます。これに対し、状態の観測結果に応じて必要なときに手当てを行う方式が、状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)です。設備診断技術は、このCBMを支える中核技術にあたります。

2. 誕生 ── 欧米と日本、ほぼ同時期に

欧米における発展

設備診断技術は、1960年代後半に欧米と日本でほぼ同時期に芽生えました。ただし、その動機は地域によって異なります。

欧米では、軍事・宇宙・原子力施設の効率的な管理を目的に発展しました。米陸軍は1963年頃、戦車や軍用機エンジンの故障早期発見に着手しています。続いて1965年には、GE社やNASAが油圧機器や軸受の診断法を研究しました。さらに1960年代末からは、コンピュータによる監視システムが相次いで登場します。

日本における発展

一方、日本では鉄鋼・化学・船舶といった装置産業を舞台に発展しました。機械の点検技術を高精度化するという、現場に根差した動機からです。

3. 北九州・八幡から ── CDTという言葉の誕生

日本でこの分野を切り拓いたのは、八幡製鐵株式会社(現・日本製鉄)の豊田利夫氏です。当時の八幡製鐵所では、米国から導入された予防保全(PM)が最盛期にありました。そうしたなか、豊田氏は入社7年目の1968年6月、「設備診断技術と予知保全」の研究開発に着手します。世界に先駆けた出発点です。こうして、1970年代を通じて八幡製鐵所で本格的な研究開発が進められました。

いま保全技術者の常用語となっている「設備診断技術(CDT)」と「予知保全/状態基準保全(CBM)」。じつはいずれも、豊田氏が当時の上司と相談して名付けた言葉であると、氏自身が後年の調査報告で記しています。つまりこれらの用語は、半世紀以上前の八幡の地に源を持つのです。

4. 技術の発展 ── オフライン、オンライン、そしてプロセス診断へ

基礎研究から実用化へ(1970年代〜1984年)

八幡製鐵所における設備診断技術は、段階的に発展しました。1970年代前半は基礎技術の研究開発期です。まず、歯車や転がり軸受といった機械要素の診断手法が確立されます。その後、1975年から1984年にかけては、携帯型の定期診断装置を用いたオフライン診断が実用化されました。

オンライン監視からプロセス診断へ(1985年〜)

1985年以降は、熱間圧延ラインや高炉など重要設備を対象としたオンライン監視診断システムが開発されます。常設センサーからデータを自動収集・解析する常時監視への移行です。これにより、人の技能に依存した世界から、蓄積・再現・記録が可能な技術の世界へと変わりました。

さらに1990年以降は、対象が機械の劣化発見にとどまらなくなります。生産プロセス全体の品質性能診断・効率診断・省エネルギー診断へと広がりました。診断アルゴリズムも、確率統計論やパターン認識理論、さらにファジィ理論や知識工学の導入によって高度化していきます。

5. 豊田利夫氏 ── 分野を切り拓いた第一人者

国内外での評価

豊田氏の業績は、国内外で高く評価されています。受賞歴を挙げると、1971年に日本発明協会から優秀発明賞、1976年に計測自動制御学会から技術賞、1982年には通商産業大臣発明賞を受けています。海外との技術交流にも積極的で、1984年には英国サザンプトン大学などを訪問しました。その後、1987年には韓国標準協会から功労感謝状、台湾政府から技術感謝状を受けています。

著述と後進育成

1980年代には、日本プラントメンテナンス協会(JIPM)を通じて多数の著書を刊行しました。『回転機械診断の進め方』『電気設備診断の進め方』などが代表的な成果です。加えて、九州工業大学の教授として後進の育成にも尽力しました。結果として、企業や大学に多くの後継者・教え子を残しています。北九州で生まれた技術は、こうして人から人へと受け継がれてきたのです。

6. むすび ── 受け継ぐ系譜

設備診断技術は、北九州・八幡の地で生まれました。以来、半世紀を超えて日本と世界の産業を支えてきました。設備の状態を観測し、将来を予測する。この原点に込められた思想は、いまもなお新しく、これからの保全を導く指針であり続けます。

当社TRIPODは、電気信号解析技術(ESA)を事業の柱としています。電気信号から機械の状態を読み解く技術です。筆者自身もこの分野に長く携わってきました。振り返れば、豊田氏が切り拓いた設備診断技術の系譜に、幾度となく立ち返ることになりました。この分野を志すきっかけを与えてくださった同氏に、深く敬意と感謝を表します。

*本稿の作成にあたり、豊田利夫氏ならびにご家族より温かいご厚意を賜りました。記して感謝申し上げます。


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